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手書きの履歴書を賞賛、強要する会社に入社してはいけない理由

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手書きの履歴書は人柄が分かるか?否かというのは以前から言われていて、個人的には全く否定的なのだが、恐らく手書き履歴書を推奨している人事担当者に「どういう字がどういう人柄を表すのか?」を聞いても、恐らくまともな返答は返ってこないでしょう。それはそれだけその人事が勘で採用をしているからとも言えると思うのだが。最近、タレントの厚切りジェイソンさん、フィフィさん、堀江貴文さんの3人が手書きの履歴書の是非をTwitter上で討論していたらしいが、フィフィさんだけが手書き履歴書を賞賛していた。理由は同じで、人柄が分かるというのと後は字の綺麗、汚いよりも丁寧さが分かるからというものらしい。結局、漠然としていて理由としては理解ができない。だいたい汚い字でもフィフィさんの場合は丁寧に書かれていれば良いと言っているのだが、汚い字で丁寧に書かれているか?どうかなんてどうやって判断するんだろうか?そもそも、丁寧っていうのは=時間をかけるという意味ではないと思うし、確実に誰が見ても綺麗な字にすることができるパソコン印刷こそが1番丁寧と言えると思うのです。

 

そして、ここからが本題になるが、この手書き履歴書を課している企業っていうのは、どうも信用ならない。というのも、履歴書が手書きか?否か?だけで採用、不採用を判断しているということはないものの、1つの評価基準にしている企業はあると思う。そして、多くの企業は手書きを好むという。手書き履歴書のどこを評価するのか?というと、ざっくり言ってしまうと、手書きの方が印象がいいかららしい。手書きの方が印象が良いのは分かる。ただ、その印象の良さで、手書き履歴書を書いてくる学生を有利に扱い、パソコンで履歴書を書いてくる学生を不利に扱うというのは、どうも非合理的としか思えない。というのも、どう考えてもビジネスの場ではパソコンで文書を作る。手書きで文書を作るケースなんてほぼない。つまり、手書きのアピールをするという就活生もいるが、実際会社に入れば手書きで文書を書く機会がまずないにもかかわらず、そんなものをアピールしてどうするんだ?という疑問と同時に、それを生かす機会がほぼにもかかわらず、それを評価しようとしている人事についても疑問なのです。

 

つまり、人事は自己PRとか聞いている割には、会社で全く行きなる能力を理由に採用の一理由にしているということだ。意味が分からないでしょう。会社で生きない能力を有利に扱うくせに、会社で役立つ能力を別途聞いている光景は本当に意味が分からない。さらに言うと、先ほども言ったが、企業が手書きの履歴書を推奨する理由は、結局は「印象がいいから」ということに終始してしまう。それは何を意味するか?っていうと、会社で実際に生きる能力を持つ学生よりもそれを持っているか?どうかはともかくとして、それを隠してまったく生きない能力をあえて曝け出そうとしている学生を採ることの非合理性です。客観的に役に立ちそうな学生を排除して、役に立ちそうにない学生を選んでいるということ。履歴書の書き方のみで役に立つ、立たないが決まるわけではないが、履歴書の書き方という基準にだけに照らしたらそう判断されてしまうでしょう。手書きの履歴書を書く学生も本音では好きで書いているわけじゃない人も多そうだが。

 

結局のところ、企業は明らかに仕事に対する能力を持っている学生を排除して、自らの印象の良し悪しで決めている側面もあるということだから、これ以上非合理的な採用の仕方もない。効率性や有用性を捨てて、自己満足を優先させている人事がいる企業がまともにやっていけるのだろうか?と心配になります。今はまだ良いかもしれないけど、いつかはこの国でも手書き履歴書は完全に廃れる日がやってくると思う。そんなときでもまだ手書きの履歴書を書かせようとしている企業は、完全に効率性や有用性よりも自己満足を優先させているということ。そんな企業が、この時代に生き残っていけるのか?というと、そうは思えない。大企業はまあ良いかもしれないが、中小零細企業は、本当に大丈夫か?と思う。就活生にも言っておきたいです。でも、変な話なんですよね。手書きの履歴書を書かせている企業が、他社とかに発行するパンフレットや資料は手書きじゃないわけ。見たことないでしょう?手書きの資料なんて。熱意が伝わるとか、人柄が表れるとか、そういうオカルト的な主張をするにもかかわらず、自分たちはやらないわけだよね。本当に彼らが熱意が伝わるとか、人柄が表れるとか思っているならば、やるべきでしょう?何でやらないんですかね?説得力が大分落ちると思うんですけど。

 

あと、仮に字を見たいのであれば、履歴書で見せる必要がない。字を見たいのに、何であんなに長々と書かせるのか?嫌味にしか思えない。字が見たいならば自分の名前くらいでいいだろう。だから、面接で会社に呼んだときにその場で書いてもらえば良いじゃないか。そうすれば、履歴書を誰かに書いてもらうような替え玉も防ぐことができるし、学生は字を書かないといけない手間が減るから、双方にとってメリットがあります。何でやらないんですかね?就活生の字を見たいを思って、履歴書を手書きで書かせている企業は、それこそこんなことすら思いつかないのか?と思うが、こういう点も踏まえて、手書きの履歴書をいまだに書かせている会社には入社したくない。

 

会社への欠勤連絡がLINEやメールOKか?電話にすべきか?という話題もたまに賑わっているが、これについても私は容認派です。あえて電話にこだわる必要はない。メールやLINEだといつも見られるわけじゃないとか言う人もいるが、それはすぐに見ようとしない人が悪いと思うのです。電話はすぐに出るくせに、メールやLINEの着信は何故すぐに出ないんだ?そういう習慣を作れば良いだけじゃないか?と思います。LINEは普及していない会社もあるかもしれないが、さすがにメールは普及しているでしょう。連絡をする側からしても、上司の出勤時間とかぶるから、電話したいときにできない不都合があるらしい。上司目線から言うと、着信があったときに出られないという不都合もある。メールやLINEならばいつ送ったって良い。会社に着いたときに確認をすれば良いだけなのだから。どう考えてもメリットが大きいと思うんだけど。電話連絡にこだわる人から出るのは「マナー」や「非常識」といったお決まりの言葉のみ。結局、確実に否定できる反論が思いつかないという状態なんでしょう。効率性や有用性よりも自己満足を優先する慣習は今に始まったことじゃないだろうから、もう諦めてはいるが、本当に言ってしまうが、無駄が好きな人たちなんですね。と思いますよ。主に若者はどっちかっていうと、パソコン印刷の履歴書やメールやLINEの欠席連絡容認派だと思うが、こういう人たちに反発する社会がある限り、彼らは会社を辞めていってしまうのでしょうね。時代遅れの不便な会社では働きたくないということかもしれないのです。

 

 

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