電車やバスの中で席を譲ると、断られたり、逆に怒られたりして気まずい空気になることがあるそうですね。私は誰かに席を譲ったことはないです。というか、あまり座らないですね。ガラガラのときくらいですよ。ある程度席が埋まっているけど、一部空いているくらいならばまず座らないですね。だから、席を譲る経験はないですし、譲った方が良いのかな?みたいな状況が生まれたとしても、譲る勇気がないですね。ただ、その中で譲る勇気を発揮した結果、思ってもいないような結果になるケースもあり、本当に難しいなと思うばかりです。ただ、あるTwitterでつぶやかれていたのだけど、あえて席を譲るという行為をしない方が良いのではないか?という意見もありました。それが以下のツイートです。これは非常に合理的で素晴らしいアイデアだと思う。
単純に何も言わずに立って側を離れるようにしている。こうすると座りたい人が座ってくれるから楽。 http://t.co/BV15NQUOcm #niconews
— 水瓶座の春千代 (@tippy_a) 2015, 8月 4
というのも、譲った結果、良いですといわれたら、その後降りるまでずっと気まずいし、断ったほうも気まずいですよね。でも、それを避けるには、譲りたい相手が目の前にいる場合には、黙って席を立つと、その人が座りたいならば、座るだろうし、座りたくないなら座らないが、その反面、席が空いているのだから、その近くにいる人で座りたい人がいる場合には座ってくれそうですね。どっちに転んでも、譲った本人は気まずい思いをしないで済みます。通常の場合って、譲りたい相手のみに声をかけるので、その人が断ったら、その人の周りにいる人が実は譲って欲しくても声をかけづらかったりする。自分は声がかからなかったということは、自分に譲る気はないという意思表示のも思えてしまうかもしれない。実際は、目の前にいるか?いないか?によって対応が変わるだけだと思うから、そうとは限らないのだけど。譲って欲しいと思っていても、その人が見た目で若くて、特に現在何らかの理由で辛そうな気配も見えないとなると、譲ってもらうのは困難なんでしょう。
だから、結果的に必要とする誰かに席を譲ることができる取り組みはOKなんじゃないか?と思います。電車内のアナウンスでも、高齢者や身体が不自由な人には席を譲りましょう。と言われているが、これをおせっかいに感じている人もいると思います。私は譲られたくないとか、立っている方が好きという人もいるみたいで、そういう人にとっては逆効果なのだから、譲った方が良いのかな?ちょっと分からないな。という人が目の前、または近くにいた場合には、黙って立ち去り、座りたい人はどうぞ。とするのが良いのではないか?無言でその場を立ち去るのが良いと思います。これはある程度車内に余裕がないとできないだろうけど。満員電車ではできないと思う。だから、状況を選ぶのだろうが、やってみてもいいかもしれない。あとは「立っているのは好きですマーク」みたいなのをつけるのを提案している意見もあるみたい。マタニティマークみたいなやつなのかな?これがあると少なくともその人には声をかけて失敗するケースも減るだろうが、そんなものをつけて電車には乗れないでしょう。
マークっていうからには、ある程度気付いてもらえる程度の大きさのものを貼るんだろうし、さすがに嫌だろうね。若葉マークとかだって、正直恥ずかしくないか?と思う。そんなものを大々的につけて電車に乗れる人がどれだけいるでしょうか?したがって、先ほどの無言で立ち去るか、譲ってほしい人が声をかける。声をかけられない限りは譲る必要はない。という共通認識を社会で作っていくか?のどちらかだと思います。後者もありかな?譲らないといけないとか、譲って当然という考え方は好きじゃない。そう考えたとしても、譲った結果断られる可能性があるわけだから。だから、基本的には譲る必要はない、譲って欲しい場合には、そちら側が声をかけるというルールが鉄道会社が推奨した方が良いのではないでしょうか?車内のアナウンスもそっちに変えた方が、譲る側、譲られる側、お互いに嫌な気持ちにならないで済むのではないでしょうかね?

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