最近というか、以前からそうかもしれないが、家族間事件が増えている気がします。特に殺人事件に発展するケースというのもあります。親が子を殺したり、子が親を殺したりというのが、度々起こっている。その昔、日本では「専属殺人罪」という殺人罪の特別規定のようなものがあったのです。憲法を勉強した人はお分かりいただけると思いますけど、これは親、祖父母など、ある程度の血のつながりのある人たちを殺した場合には、通常の量刑よりも重くなってしまう罪であり、当時の殺人罪の規定は懲役3年から死刑だったが、専属殺人罪の場合は最低でも無期懲役、そして死刑になる場合もあるという、非常に重い罪だったのです。この規定は今では削除されています。違憲判決を受けたのです。ただ、違憲判決を受けたといっても、裁判所が違憲だと判断したのは、手段があまり逸脱していた点なんです。無期懲役または死刑に限っている点を違憲だと判断したのであり、専属殺人という罪を規定する目的自体は合憲と判断したのです。目的は良いが、やりすぎだから違憲だ。とされたのです。
私はこれを勉強したときにはあまり深く考えなかったが、今となれば目的もおかしいのでは?と思います。専属殺人罪が規定された意図としては、親などは他の誰よりも尊ぶ存在であるということがあるのみたいだが、あまり腑に落ちない。私としては逆だったら多分納得している。というのも、親が子を殺す場合に重罰規定を設けるのは、腑に落ちるのです。子が親を殺すというのは、はっきり言って普通の殺人罪としての感覚しかない。ただ、親が子を殺すケースはあまり酷いと思う。それはだ、例えば親が子の養育を放棄したら、多分相当非難が飛んでくると思う。それは親が産んだ子供を責任を持って育てるのは親の役割であるとともに、義務でもあると思う。養育は親の義務という認識にしないと、生まれた子供の養育を放棄する親が出てもしょうがないということになってしまう。すると、その子供はどうなるのか?で、親が子を殺すケースというのは、この養育放棄をさらに超えているだろう。
子供のままであろうが、その子供が成人しようが、その子(人)が生を受けた時点で、人生の荒波に揉まれるのは必至です。親も当然認識しているでしょう。親が子供を産むということは子が人生の中であらゆる辛い経験をさせるに等しいのだから、そういったものから少しでも守ってやるというのが理屈として正しいと思う。そういう目に遭っているときに手を差し伸べてくれたり、背中を押してくれるのが親だと思うし、それに義務に入っても良いと思う。にもかかわらず、親が子を殺すというのは、完全に真逆の行為です。そういう辛い試練を親自身が子に味あわせることを意味する。自分の子供は人生を生きていれば、当然辛い目に遭うはずだ。そのときに助けてあげるのが親の役割であり、義務であると思う。それができない、またはする気がないのに子供を産むのはちょっとおかしいんじゃないか?と思う。して当たり前の感覚に近いと思う。ただ、親が子が殺すケースは、自分の子供を助けるどころか、自ら苦しみや恐怖を与えて、結果的にこの世で1番耐えがたい苦痛を与えることを意味している。鬼畜そのものです。
子が親を殺す場合は、それを肯定するつもりはないが、ある意味親が撒いた種の部分もあるかもしれないし、そういう子に育ててしまた親の責任も一部あるかもしれない。事情がまるで違う。だから、一昔前の規定の専属殺人罪のようなものが何故存在したのか?私は本当に理解に苦しむ。今だって、刑罰の目的事態は裁判所によって肯定されているわけだが、ここもおかしいと思う。親が子を殺す場合の重罰規定は私はありだと思うが、逆はありえないだろうと思う。同じような理屈かもしれないが、私は子が親の介護をしないようなケースもたまに聞くけど、それもありだと思う。ありというか、少なくとも子にとってみれば、親を介護するほどに親への愛を感じられていないと言うことになると思う。親の中にも子の介護を期待している人と別にしなくていいと思っている人がいるみたいだが、親の子への養育は当然という風潮がなければマズイと思う。それは子供が可愛くなくなったからといって、放棄されてしまっては子はたまらないからだ。
ただ、介護については、何かの見返りにするわけではないはず。見返りがあるとすれば、育ててもらったことになるかもしれないが、そもそも養育は親の義務同然のものであって、そこに見返りが存在してはいけないと思う。別にそれに恩義を感じて、自ら介護をする子がいても否定するつもりはない。親に感謝できるほどに親の存在が子に尊い場合もあると思うし、それはそれで素晴らしいことです。ただ、子が親に対してはそう思えない場合に、「育ててもらったのに・・・」みたいな反応はおかしいと思うのです。育てるのが当たり前の状況で、その反論は通用しないでしょう。これを見返りとして使えるということならば、育てることは義務じゃなくてサービスに近くなり、裏を返せば育児放棄をする親がいても良いということになる。それでは子が可哀想過ぎる。子が自ら親に対して尽くすのは別に問題ないと思うが、子が親に尽くして当然、または尽くさないといけないという社会の圧力というのは、子はどんな親であっても、自分の親を尊く感じて当然という価値観を強要する専属殺人罪の規定とまるで違わない。何度も言っているが、私はそれは逆だろうと思う。

マンガ法律の抜け穴―夫婦親子トラブル篇
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