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新入社員は真面目に仕事をすべきじゃない!手を抜くべき?

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数日前に話題になった「新人は「100の力」で仕事すべきでない? ネットで賛否「素晴らしい」「いや間違っている」 | キャリコネニュース」というニュースだが、私は9割くらい賛成という立場です。このニュースは実際に5年間IT関連のブラック企業で勤めた筆者が書いたものらしいが、私もバイトを通して似たような経験をしている。以下がその引用になります。

 

「デキる社員もデキない社員も給料は同じ」

筆者はサラリーマン生活の始めの5年間を「IT土方」としてブラック企業で過ごし、この考え方に至ったと明かす。理由は次の3つだ。

1つめは「デキる社員もデキない社員も給料は同じ」だから。「デキるデキないで給料に差が出てもホントに誤差の範疇です」と断言。成果主義と言っている会社も「結局どれだけ上司の覚えがめでたいかどうかとほぼ同値」だという。

2つめは日本企業では「仕事の報酬は仕事」であり、頑張っても金銭の報酬が増えないから。その仕事も「実際には他人のケツ拭きあるいは火消し役なんてのはよくある話」で、スキルアップにつながることはあるものの、「自分自身に『仕事の報酬は仕事』と言い聞かせてしまう責任感の強い人ほど、火消し役としてドツボにハマっていく」と警告している。

そして3つめは「自分の本当の実力は他人には分からない」から。普段から100の力を出し続けていると、上司からは120の仕事を要求されるようになり、80の力しかでないときには「サボっている」と思われてしまう。

 

この中で特に共感するのは1の理由です。頑張っても頑張らなくても給料は同じ。私がバイト時代に思ったのは頑張った結果、給料が減るという減少です。これは私がしていたバイトだけではないでしょう。バイト全般に言えることかもしれない。私のしていたバイトは大まかな労働時間が決まっているだけで、きちんと決まっていたわけではなかった。だいたい1回の勤務あたり4時間くらい。仕事が早く終われば、早く帰っていた。ただ、あることに気付く。すると、仕事を早く終わらせると、当然時給で給料が決まるのだから、早く終わらせるだけ損になる。コンビニのバイトのシフトとかは、そこにいないといけない時間は決まっているだろうから、その時間は仕事をするというか、少なく帰れないでしょう。だから、貰える給料は変わらないが、その中でそれだけお客さんに対してサービス精神を発揮するか?になると思う。

 

より丁寧な接客をしても、しなくても貰える給料は同じ。じゃあ、クビにならない程度に適当に振舞っていた方がマシだということになる。私の仕事の場合は、労働時間は多少私に左右できる余地があったので、あるときからわざと仕事を遅くするようにした。頑張って早く終わらせたらお店にとっては、払う給料が少ない。ただ、力を入れた分だけこっちは多くの労働量を払っているのだろうが、その分給料は減る。謎のジレンマに悩まされた。今思えば、月に数千円の差しかないから、さっさと仕事を終わらせて帰った方が良かったのかもしれないが、当時は損している着になるのが嫌だったので、普通からやや遅いペースに落として仕事をしていたのです。仕事の頑張りによって時給アップとかがあるなら、こっちもやる気を出していただろうけど、そんな気配はまるでない。2年近く勤めたのかもしれないけど、時給は1円も上がらなかった。最初の1年くらいは真面目に仕事していた気もするが、真面目にやるアホかと思い始めたときから、そんなものを期待しないで、いかに手を抜いてやるか?しか考えていない。

 

自分でも言うのもなんだけど、金のため、金が目的で仕事をしている人は、効率性を重視するに決まっている。それは労働者だけじゃない。企業も人件費を削って、すき家みたいにワンオペをやる。法律に抵触しない程度のことならOKとされる。それも結局は「効率性」を突き詰めた結果でしょう。ギリギリの人数しか雇わないで、莫大な仕事量をその人たちにやらせる。そして、給料は少ない。つまり、自社に対する貢献度とは裏腹に社員に還元する分はあまりにも少ない。そう思える企業は山ほどあると思う。逆に労働者が貰える給料に比して、提供する労働の質や量が少ないというのも同様の逆の例になると思う。結局は、自分のことしか考えていないということで片付けられると思います。それが良いのか?いけないのか?という問題は残るが、少なくとも、労働者側からしてみれば、会社がまずそういう態度に出てきたと感じたら、それへの対抗策として、手を抜き始めるのはしょうがないと思う。100%お金のために仕事をしている人は少なくないと思うが、お金のためだけに仕事をしている人が、お金にならない努力をする意味はないのです。逆に会社もお金のためという動機がかなりの割合を占めているだろうから、自社の利益にならないように還元はできるだけしたくないという考え方もある意味理解できなくはない。

 

この筆者は手を抜いて仕事をしていたお陰で、3の理由にあったような上司からも過大な仕事を要求されることなく、ブラック企業で5年間生き延びることが出来たらしい。この筆者の考え方には以下のような批判もある。

 

「恥ずかしげもなく低品質な仕事をする人の思考かな」
「新人は100出せ。全力って楽だし、利己的にも凧揚げと同じで最初頑張ったらあと楽だぞ。転職するにも楽」
「100の力を出さない人はいつまでも100の力がだせない。(…)仕事のレベルが生涯同じでいいのか、そうでないのか」

 

恥ずかしげもなく低品質な仕事をする人の思考というのは、その通りでしょうが、で、?それの何がいけないのでしょうか?常に全力を出さないといけない理由は何なんでしょう?凧揚げと同じで最初頑張ったら後は楽というが、頑張らないでも状況がそもそも一緒ならば、あえて頑張る意味って何なんでしょうか?日々の仕事で全力を出すと転職するのも楽という意見はよく分からない。100の力を出したところで一体何が待っているのか?仕事のレベルを上げて、それが自分に還元されるのか?それがあるなら、そもそも仕事に手を抜くメリットは減るから、こんな話題はそもそも出てこない。会社も利益追求のために社員への還元は少ない。必要最低限のところも多いでしょう。そういう企業で働いている人は、クビにならない程度に仕事をあまり真面目にやらないというのも同じ姿勢のように思いますけどね。金目的で働いている人に金以外の報酬をちらつかせて真面目に働かせようと(いわゆる「やりがい搾取」などがそれに当たると思われる)させても、誰も食いつかないのですよ。

 

 

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